大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

高知地方裁判所 昭和33年(行)6号 判決

原告 古田造

被告 高知県知事

訴訟代理人 天野健夫 外二名

主文

原告の訴を却下する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

一、原告訴訟代理人は「被告は、原告に対して、高知県吾川郡伊野町大字大内字中谷字高野谷所在の別紙図面記載の(1) 、(2) 、(3) 、(4) 、(1) の各点を順次結んだ線によつて囲まれた地域から採掘した石灰石四、一三一頓を土地から分離した当時の現状に復して引渡せ。訴訟費用は被告の負担とする。」旨の判決を求め、請求の原因として、かつ、被告の答弁にたいしてつぎのとおり述べた。

(一)  高知県吾川郡伊野町大字大内字中谷字高野谷所在の別紙図面記載の(1) 、(2) 、(3) 、(4) 、(1) の各点を順次結んだ線によつて囲まれた地域(以下本件土地という)は、高知県試掘登録第三八〇九号によつて石灰石試掘権が設定されている。

原告は、昭和三三年四月一一日右試掘権を訴外中島勉から、譲受け現に試掘権を有する。

(二)  被告は、本件土地内に埋蔵されている石灰石を採掘する権原もないのに日下川改修工事の一環として、本件土地内に隧道を貫通完成し、工事完成までに石灰石四、一三一頓を採掘、他の場所に運搬し、暗渠、通路の埋立、石垣等に使用している。

(三)  ところで、未掘採の鉱物は、鉱業権によらずに採掘できないのに、被告は鉱業権によらずして、本件土地内にある石灰石を本件土地から分離したものであり、この分離された石灰石は分離と同時に同地域内の石灰石について試掘権を有する原告の所有となつたのにかかわらず、被告は、原告の所有権を侵害して、これを他の場所に搬出したものである。

よつて原告は、被告に対して、所有権に基いて、被告が採掘して他に搬出し、被告において占有している石灰石四、一三〇頓の返還を求める。本訴は原告の鉱業権を侵害したことに基いて、その原状回復を求めるものであるから、実際にその工事を施行し、石灰石を他に搬出している高知県知事溝淵増已が被告たりうべき適格を有するものである。

二、被告訴訟代理人は、本案前の抗弁として、主文どおりの判決を求め、答弁として、つぎのとおり述べた。

本件隧道工事は、日下川改修工事の一環として、被告において工事を施行しているものであるが、それはもとより河川行政の主体たる国の機関として為しているものである。ところで県知事が訴訟上当事者能力を有するのは、行政事件訴訟において、抗告訴訟ならびにこれと同一の性質を有する行政処分無効確認訴訟の場合に限られることは行政事件訴訟特例法第三条の規定により明らかであり、一般の民事訴訟では当事者能力を有しないものというべきである。本訴は所有権に基く返還請求であり、民事訴訟事件であること明らかであるから当事者能力をもたない被告に対する本訴は訴訟要件を欠き不適法である。

以上のとおり述べ、本案について「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」旨の判決を求め、その答弁として、「原告主張の事実のうち(一)および(二)の事実(ただし石灰石の数量を除く)はいずれも認める。被告の採掘した石灰石の数量およびその余の主張事実は争う。原告の返還を求める石灰石は、本訴請求の時において、原告に所有権があることを必要とするところ、当時被告の採掘した石灰石は他の土石や鉱区外の石灰石と混同し、暗渠、通路の埋立、石垣等に使用され、附合によつて、その所有権は、土地、工作物所有者らのものとなつているから、損害賠償を請求するならともかく、所有権に基く返還請求は失当である。」と述べた。

三、証拠〈省略〉

理由

当事者能力に関する当裁判所の判断は次のとおり。

知事は、都道府県の執行機関であると同時に国の行政事務を担当する行政機関であり、機関は実体法上権利能力を有しない。したがつて実体法上の権利能力に基礎をもつ民事訴訟における当事者たる能力も有しない。知事が形式的に当事者となるのは行政事件訴訟のうち、抗告訴訟(これと同一の性質を有する行政処分無効確認訴訟)の場合に限られることは行政事件訴訟特例法第三条の規定によつて明らかである。

ところで、本訴は、所有権に基く返還請求であり、民事訴訟法の適用を受けるのは明らかであるから、河川行政の権利主体たる国を被告とするならとにかく、被告高知県知事は実体上権利能力がなく、したがつて訴訟上も当事者能力を有しないからこれに対する訴は不適法として却下さるべきである。

なお原告は当初隧道工事の差止を求めていたからこの請求は事実行為の差止を求める訴訟として抗告訴訟の規定を準用しこの限度で被告を当事者とする訴は適法と考えられたが、隆道工事の完了に伴い、右の訴を被告の同意をえて、本訴に交換的に変更し、これによつて交換的訴の変更が適法になされ、旧訴は遡及して消滅したから、旧訴にたいする判断はしない。

よつて訴訟費用の負担について、民事訴訟法第八九条 第九五条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 合田得太郎 北後陽三 加藤義則)

付図〈省略〉

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例